モルゲロン反応(あえて「病」「症候群」とは言わない)における皮膚や粘膜の反応のポイントとして、フィラメントの検出があるが、私はこれを排泄作用の一形態として捉えることにしている。
おおむね、生命活動を阻害するような様々な物質等(微生物や非物質的エネルギーを含む)の分解あるいは排泄が間に合わず、身体や精神が緊急反応、臨時態勢をとることを「病気」と呼ぶ。どの程度の症状が起こり、どの程度で留まるか、また、治癒するかどうかは個々人の自浄能力に大きく左右される。おおまかに言えば、それは様々な方面において何を根拠に、何を選択するかに因るだろう。もちろん、地球人類として、現時点で、何らかの限界があることが前提ではある。
フィラメントが発生するのには、ケムトレイルと関連づけられる、ある計算されたシナリオがあるとは思う。しかし、それもさることながら、私は、フィラメントを生じる原料が、排泄のためにどのような仕組みで運ばれるかに、より強い関心を持った。
私は幸いにも千島喜久男医学博士の研究業績を知る機会を得たことがあるが、上記の問題を紐解いていく上で、近・現代医学の常識を採用するか、千島博士の英知を根底にするかで、たどるプロセスも結論もまるで違うものになると思っていた。しかし、その答えは、予測通り、意外とあっさり出てしまった。それが今回のビデオ映像である。
千島学説のうち、次のことは押さえておく必要がある。(ただし〔_〕内は矢部の見解)
- 赤血球は、必要に応じ、白血球、血小板、リンパ球に、可逆的に変化する。
- 人体の毛細血管は閉鎖構造ではなく、解放されており、血液は各組織に自由に出入りする。
- 膿は、細菌と戦った白血球の死骸ではなく、戦って死んだ赤血球に細菌が繁殖したものである。
〔赤血球は、他の有形・無形の要素との連係プレーで、菌類をいったん封じ込めているかのようだ。〕
- 赤血球は、可逆的に、人体の細胞に変化する。その時、核(すなわちDNA)ができる。
〔ということは、赤血球はDNAの要素をあらかじめ有するものであり、何らかの作用により、その都度その人のDNAが有形のものとしてコピー、もしくは生成されているということになる。どこかの教授のいう「万能細胞」などより、各自の赤血球のほうが果てしなく万能細胞である。そして、各個人と同類異種の動物性タンパク質 (DNA) は、その個人本来の生体活動の妨げとなる要素を持つように思われる。これは後への課題。〕
余談的だが、ひとつ気がついたのは、当時の私の血液は、どちらかというと粘り気が高かったことだ。それを垣間みる場面もあるかと思われる。粘度が高いか、あるいは、それはフィラメントとも関係のある事象かもしれない。真相は今は判らないが、いずれ答えが出ることもあるだろうか。
|